大きな地震でも大丈夫ですか?

薪ストーブは、鋳鉄(ちゅうてつ)でできています。いちおう簡単に説明しておきますと、鉄を高熱で溶かし、鋳型(いがた)に入れて、ゆっくりと冷やし固めたものです。一つの型で、同じ製品が何個も作れるので、人類が金属を扱い始めたころから使われている非常にクラシックな技法です。鋳鉄は熱しにくく冷めにくい特徴があるので、薪ストーブは一度温まると、ストーブ全体から優しい輻射熱を得ることができるのです。デザイン的にも美しいラインや、浮き彫りのような模様を生かして作ることができます。

南部鉄器とか、すき焼き鍋、ジンギスカン鍋なども鋳鉄です。そう、鋳鉄は非常に重たいのが分かりますね。

造りがしっかりした薪ストーブは、重さが百キロ〜二百キロもあります。重たい家具の代表としてはピアノがありますが、体積比でいったら薪ストーブのほうがずっと重たいのです。

さて、そんなに重い薪ストーブですから、ちょっとやそっとの地震では、動きません。背が高い食器棚などは大きな揺れが続くと、振動が増幅して倒れる危険性が高まりますが、薪ストーブ程度の高さのものは、そういう倒れ方は、まずしないでしょう。といっても絶対に動かないわけではなく、例えば床の素材などにもよります。ツルツルしたタイル、あるいは鉄板や大理石などの床に薪ストーブが載せてある場合、やはり滑るので比較的動きやすいのです。一方、床がレンガとか凹凸のある素材などだったら、まず動きません。日々の掃除を考えると、平らな床面のほうが絶対に掃除しやすいのですが、今後、震災などの影響を少しでも軽減されたい方は、少し摩擦のある床面に設置されたほうがいいかもしれませんね。

地震とは無関係に、薪ストーブはまず「動いてはいけない」ものです。煙突とつながっているからです。薪ストーブを効率よく燃やすためには、煙突の配管がとても重要です。私の店が薪ストーブを設置するとき、煙突と薪ストーブの位置をよく計算し、よりよい状態に設置します。そして設置した後、動かすことはできません。他の暖房器具のように、「ちょっと向きを変えて……」というわけにもいかないのです。ですから煙突の状態、炉台の位置、素材、構造なども慎重に検討し、最初にしっかりしたものを作る必要があります。

しかし、長いこと薪ストーブ屋をやっていると、とても危ない設置例を目にすることがあります。古い別荘で、固定されていないガタガタした素材の上に薪ストーブが乗っかっている……というのを見たことがあります。これなどは例外だと思いますが、どんなに重くてがっしりした薪ストーブでも、足元がくずれたら倒れます。だいぶ古い別荘で、もう使われていない薪ストーブでしたが、非常に危険な例です。

3月11日の東日本大震災の後、「少し動いてしまった気がする」、あるいは「心配だから、一度見てほしい」というお客様からのご連絡をいただき、何カ所かのお宅を見て回りました。
結果、修繕などは全く必要がないものの薪ストーブが微妙に(数ミリから2〜3センチ程度)動いてしまったという家が数件、私が見て修繕が必要だったお宅は2件でしたが、1件は建物が揺れた影響で煙突が少し曲がってしまったというものでした。もう1件は炉台が狭かったために炉台のレンガから薪ストーブの脚がズレてしまったというものでした。

私の店が薪ストーブを扱って、もう18年。今までに新設した薪ストーブの台数は、のべ1000台にもなります。その中でこの件数しか被害が出なかったということに、胸をなでおろしたと同時に、わずか数件でも薪ストーブが動いてしまった、あるいは煙突が曲がってしまったという事実に驚きました。過去には無かったことだからです。

私の店の営業エリアは、神奈川県と山梨県、東京都、そして関東一円がほとんどで、東日本大震災の時の揺れは、大きくても「震度5強」程度でした。もっと揺れが強かった被災地での状況は分かりませんが、あの震災で、薪ストーブの倒壊が原因となった火災は、今のところ話題には上がっていません。また、今回の被災地では結果的に、地震よりも津波の災害が大きかったわけですが、コンクリートのビルが壊されるほどの大津波では、重たい薪ストーブもひとたまりもなかったでしょう。

「もっと大きな揺れがきたら、どうなのか?」と問われれば、もう私にはそれに対する答えはありません。前述したように、私の店では薪ストーブを安全に使えるように、しっかりとした施工、設置を心がけています。それでも薪ストーブが倒れてしまうほどの地震がきたら、薪ストーブどころか家の躯体そのものが、もはや危ないのではないでしょうか。

「これなら絶対に安全」という言葉は、誰にも言えないと思います。どんなに安全な世の中になっても、必ずどこかにリスクがあるものです。地震や災害にできるだけ備え、心構えを持ちつつも、暮らしを楽しむことも忘れないでほしいと思います。「ずっと怯えたままで、一生暮らすわけにはいかない」という考えに賛同してくださる方も多いと思います。

むしろ私が心配するのは、ご自分で施工しようと思われている方や、もう自分で取り付けてしまった方、正しい知識を持たない業者に依頼して取付けられた方々です。「地震が来ても大丈夫ですか?」と私に聞いてくださるお客様ではありません。そもそも薪ストーブ屋にあれこれ聞いてくださる方は、リスク管理がしっかりしていますから、あまり心配ないのです。

薪ストーブメーカーの正規代理店であれば、薪ストーブ設置についてのノウハウの研修会もありますし、安全講習会なども年に数回受けています。また、共通のガイドラインに基づいた安全施工を行います。災害に備えるには、薪ストーブを設置されるときに、煙突も含め、しっかりした施工をしておくことが大切です。やはり経験の多い薪ストーブ屋さんで施工してもらえば、震災に対する心配も軽減されます。

ご自身でやってみたい、経費を少しでも削減したい、という気持ちは非常によく分かりますが、例えば炉台などはご自分で作ることにしても、煙突の施工と薪ストーブの設置は経験豊かな専門家におまかせいただきたいというのが私の本音です。

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筆者:鷲巣 勤プロフィール

薪ストーブショップ『ブロス』のオーナーとして薪ストーブの世界にかかわること25年あまり。自宅ではバーモントのアンコールを使用。横浜店ではモルソー・7140を、山中湖店ではデファイアントとヨツールF500を楽しんでいる。